社会で生きていく上で、他人との関わりを一切断つことはできない。
自分以外の、多くの人たちと関わっていく上で、人間関係を円滑に進めるためには、世間一般的にいわゆる「普通」とされている価値観を持っていることが望ましい。
普通って何なのかがわからず、多数決で決められた「普通」から漏れて少数派の「変な人」として扱われることで、生きづらさを感じる人もいる。
現役AV女優でありながら、コラムを執筆したり、多才な戸田真琴さんが初めて出版したエッセイを読んだ。
少しだけ変わった環境で生まれ育ち、世の中でいわゆる「普通」とされる価値観と自分の持っているそれとの違いに衝撃を受けたという戸田さん。
生きづらさを感じながらも試行錯誤を続けながら、それでもどうにか生き抜くためのオリジナリティ溢れる価値観が爆発しまくっている一冊。
変な人界の救世主であり、スーパースターとして多くの人に希望を与えるであろう本。
自分の価値観を「孤独」と呼びつつも、同じような生きづらさを感じている人の光となり希望となる内容だった。
無理に「普通」に寄せる必要なんてない
自分では「普通」に生きているつもりでも、年を重ねながら身についた価値観が世間一般的にいうそれとは異なることに気付くのは、外に出て、家族以外の他人と接したときだったりする。
学校に通うようになったりして、自分の考えていることが一般的な価値観とは違ったときに生きづらさを感じたりする。
周りに合わせた方がいいというか、大勢が信じている価値観に従った方が軋轢も生まれないし、うまいこと協調しながらやっていきやすい。
そもそも普通っていうのは多数決で決まるものだったりする訳だけど。
それでも、同じような年数を生きてきた人にしても、育ってきた環境なんかはそれぞれ全く違う。
だから全部の感覚が合う人なんてこの世にはきっと存在しないと思う。
相手が嫌いな人なら、合わないなと思ってもそれ以上は歩み寄ろうとする必要はない。
好きな人なら、お互いの良いところはそれぞれ伸ばして、悪いところは受け入れ合って、折り合いをつけるというか、支え合いながら生きていく。
得意なことは得意な人にやらせればいいし、誰かが不得意なことも得意な人はきっといるから、その人にそれを任せる。
自分の能力をレーダーチャートにしたとして、へっこんでいるところを無理に伸ばす努力よりも、飛び出しているところをもっと磨いて光らせて尖らせる努力をした方が圧倒的にいい。
全てに平均点がついている人よりも、欠点があっても圧倒的に突き抜けている何かがひとつでもある人の方が面白い。
だから自分の短所に目を向けるんじゃなくて、長所に目を向けた方がいい、圧倒的に生きやすい。
まさに著名な人、戸田真琴みたいな人がこういう本を書いてくれたことは、それこそ多数決の普通からは漏れた少数派には圧倒的な希望となってくれる。
生きづらさを感じている色々な人の人生をまるっと肯定してくれる強い人であり、それを感じている人にはぜひ手に取ってみてほしい。
いわはし
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